宗教や宗派が違いますと受け入れてもらえないことがある

かなり気に入った霊園や墓地が見つかったとしましても、宗教や宗派が違いますと受け入れてもらえないことがあります。
公営霊園の場合には、宗教や宗派による制限が無く仏教や神道、キリスト教など、宗教を問われることはありません。

 

寺院墓地というのは、一般的に檀家になることがありますので、寺院の宗教の信徒であることが最低条件となります。
最近の寺院墓地には他宗派の信徒も受け入れるところも存在していますが、仏教だけというところが多くなっているので注意が必要です。
民営霊園というのは、宗教や宗派不問で運営と管理をしているのが一般的となっています。
しかし事業主体が宗教法人の場合には、仏教以外の人は受け入れない時がありますので確認が必要です。 生前にお墓を建てておく人が多くなってきた現在、その前に素晴らしい霊園を探しておかなければいけません。
予算面やアクセス性などをしっかりと考えて自分にとって理想的な霊園を探しましょう。



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宗教や宗派が違いますと受け入れてもらえないことがあるブログ:22年11月21日

10年ほども前のこと。
三重県の名張という町に、俺たち夫婦は移り住んだ。

妻は西に俺は東へと勤めに出かけ、
アパートには寝に帰ってくるだけという生活を
4年ほどおくった。

ある休日のあさ、
俺はぼさぼさに伸びた髪を切ってもらいに
近所の理髪店へと足を運んだ。

幸い待たされることもなく
短時間で済んだことに気をよくし、
俺はアパートと逆の方向に足を向けてみた。

人がやっと通れるほどの細い路地を抜けると、
そこは初めて訪れる場所で、
「本町通り」と書かれた年代物の街灯が並ぶ
古びた商店街だった。

古い造り酒屋の軒先には杉玉が下がり、
スナック菓子屋の店先は
何十年前と変わらぬ風情で俺を迎えてくれた。

車や電車で通り過ぎたのでは
気づかない生活の匂いがそこにあった。

俺は手作りのお豆腐屋さんの暖簾をゆらし、
湧水に冷える出来立ての豆腐をいただく…
あっという間に1時間が過ぎていた。

俺は竹筒に入った「でっち羊羹」を
妻への土産に意気揚々と少年のように帰った。

以来、俺の中で旅とは、
旅行会社のパンフレットやガイドブックに載っているそれだけでなく、
ほんの少し本通りから逸れた
見知らぬ近所へのトリップのことも指すようになった。

お仕着せの他人任せの旅行も悪くない。
楽しいし、安全で気楽だ。

しかし
それは本物の旅だろうか?

俺にとって
旅とは自分で行き先を決め、
自分の足でたどるものだ。

または、自分の意思であてもなく、
時間と空間の束縛から一時逃れて
湿りがちな心を乾かす逃避行のようなもの…
と、俺は思っている。